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【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十回】 [ノモンハン考]

☆では、『ノモンハン :地を這う神々の境地』です。

   ◇   ◇

 第二十四柱 陸軍伍長 <岩切 經廣>

    「死の弾薬運搬」

「おい、頭が高いぞ。もつとこごんで歩け!」

 重い弾薬箱を背負つた数名の弾薬運搬隊が、窪地から窪地へと匐ふやうに走つてゆく。先頭に立つて時々振返つては声をかけるのは、弾薬係の岩切上等兵だつた。

 敵は、重砲、野砲、迫撃砲を、さかんに射つてくる。何の遮蔽物もないこの草原では、一寸でも頭を上げると、忽ち敵の射撃目標になつてしまふ。

「さあ、もうぢきだぞ、頑張れ、頑張れツ」 上等兵は、汗ダクダクの部下たちを励ましながら、とある斜面を登りだした。

 一上等兵の身で、弾薬係全部の重責を負つた彼    それだけに彼は、大層細心で、責任観念の人一倍強い兵だつた。

 弾薬運搬員の苦労は、武器をもつて直接敵と戦ふ戦闘員のそれに比べて、決して劣るものではない。むしろ一層危険で骨の折れるやりにくい仕事である。しかも戦闘中の機関銃手に一刻も後顧の憂ひなからしめるやうにしなければならぬ。岩切上等兵の苦心は実に涙ぐましいばかりだつた。

 やがて斜面を登り切つて、稜線の上へ出ると、

「さあ、ここは危険だぞ。俺につづいて、うんと突つ走れ!」

 サツと斜面を駆けおりる。とたんに敵の機関銃がパリパリと射つてきた。

 それでも全員無事に、機関銃のある次の斜面にとりつくと、上等兵は部下を督励して弾薬配分を終つた。

「よし、出発! おれは第三小隊へ持つてゆく」 さう云つて上等兵が斜面を横に匐ひはじめた時である。

 突如、ドカーンと背後に落下炸裂した砲弾の破片が、岩切上等兵の右胸部に命中した。一瞬、「むツ!」とうち伏したが、強気の上等兵は、何をとばかり立上つて駆出さうとした。

 が、立つたかと思ふと、又ドツと崩れるやうに倒れてしまつた。

「岩切、岩切上等兵、しつかり!」 戦友に抱きおこされると、走るやうに手足をもがきながら、

「だ、弾薬……弾薬を早く……」と、続けさまに叫び、叫びながら止めどもなく口から鮮血を吐いた。

「心配するな。弾薬は俺が引受ける。敵はもう退却したぞ!」

 戦友の叫びに、やつと安心したらしく、

「天皇陛下万歳!」と一声高く奉唱すると、又一声、続いて一声、三唱し終るともう息がなかつた。

   ◇   ◇

「最近の若者は情けない」などという言葉をよく聞くが、私は最近、そうではないかも、と思いはじめている。

現代の若者たちも、状況・・・、つまり、時代や社会背景が異なれば、岩切上等兵のような「滅私」の生き方を当然のように出来るのではないかと思っている。

そして、たまに、戦争映画を見ると、卑怯な人物が出てくるが(例えば、『硫黄島からの手紙』の中村獅童がやった役)、ああいった人物と言うのは、現代に生きる私たちの感覚の投影で作られたキャラクターなのではないかと思うのだ。

・・・いや、確証はない。

ちょっと思いついたのだ。

                                                  (2008/09/30)
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