SSブログ

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十九回】 [ノモンハン考]

☆この、『ノモンハン美談録』から転載されている文章は、日付が記されていることが多い。

 その内、それらの日付順のデータ化を行ないたい。

 すると、ノモンハンの実像の一部が立体的に浮かび上がってくるだろう。

   ◇   ◇

 第三十四柱 陸軍上等兵 <石田 正雪>

    「ハルハ河の敵」

 七月十三日に猛攻撃を開始した中隊は、敵の頑強な抵抗を突撃に次ぐ突撃を以て打破り、第一線陣地、第二線、第三線と破竹の勢ひで突破した。翌十四日払暁には、息を次ぐ興へず、敵の最後とたのむ第四線防御陣地を見事突破した。

 しかし、この時には、我が軍も多大の犠牲を払つたので、一個中隊が一個小隊足らずに減つてゐた。が、その攻撃精神の凄さは少しも衰へなかつた。敵は十倍に近い兵力を持ちながら、この我が軍の気迫に押されて総崩れとなり、算を乱してハルハ河対岸に逃げ始めた。仮橋を押し合ひ、へし合ひながら墜落して溺れる者、漸く泳ぎ着く者など、その様子が、我が陣地から手にとるやうに見える。

 石田一等兵は、高地の砂の上に機銃を据ゑると、この○(注:字がどうしても分からない)軍の敵目がけて、物凄い掃射を浴びせ始めた。中る。中る。面白いやうに倒れる。昨日からの激戦に倒れた幾多の戦友の、仇を討つはこの時とばかり、石田一等兵は懸命に引金をひいてゐた。

 と、この時、一弾は飛来し、石田一等兵の右咽喉を貫き勢ひあまつて右肩をも貫通した。

「ウーム」と思はず唸り、思はず倒れかけたが、「何糞ツ」とばかり利かなくなつた右手の代りに、左手をかけて引金を引く。

「石田、大丈夫かツ?」 駆け寄る戦友に、力を籠めて引金をひいて見せたが、この時、血汐がガツと込み上げて来た。

「石田、代るぞ。手当を受けろ」

「まだまだ敵は河の手前に残つてゐる。残つてゐる間は、俺は射つ」と頑張つたが、もはや力尽きて、がつくりと伏せた。

 しかし、抱き起されながら、猶も彼は、

「天皇陛下   万歳   敵はハルハ河を   渡つたか   小隊長殿は   御無事か   分隊長殿ツ……」と、今はの間際まで、敵の退却を気にしつつ、壮烈な戦死を遂げたのであつた。

   ◇   ◇

                                                      (2009/01/04)

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十八回】 [ノモンハン考]

☆明けましておめでとう御座います^^

 今年は、ノモンハン事件70周年です。

 私は、昨日、元日に、靖国神社に御参りしてきました。

 画像 002.jpg

 いつもは、家族の健康や、早く結婚できますように…、日本を見守ってください…、などとも、併せて祈るのだが、今年は、これだけでした。

  「ノモンハンの事実を描かせてください」

 なるべく、このブログに力を注ぐので、皆さん、どうかお力添えを!

 画像 004.jpg

   ◇   ◇

 第三十三柱 陸軍上等兵 <石毛 信次>

    「工機兵たる身を進んで戦闘に参加」

 石下一等兵は、八月上旬明石部隊に従つて出動、工機兵として修理班に配属され、中隊の車輛整備に寝食を忘れて努力した。

 隊は、十六日以来、ウズル水附近に進出同地の警備に当つてゐたが、二十二日朝九時頃、突如ハルハ河を渡河越境せる敵歩兵五六百、戦車五十余両の襲撃を受けた。

 折から我が第一線を守備してゐた小隊は、増援間に合はず、少数を以て鋭意反撃を加へたが、敵機械化部隊の猛撃はいよいよ激しく小隊の悪戦苦闘はその極に達した。

 当時同隊に在つて車輛整備に従事してゐた石毛一等兵は、この有様を見て憤激の血を湧かした。身は工機兵であつたが、率先志願して長保分隊に投じ、銃を執つて第一線の戦闘に参加した。

 激闘四時間、勇猛果敢な皇軍の反撃に阻まれて進み兼ねてゐた敵は、突如多数を頼んで鉄壁を誇る戦車群を先頭に猛攻撃を開始して来た。先頭の敵戦車は、見る見る分隊陣地十五六米の間に肉迫、戦車砲機関銃口から一斉に火を吐いて一挙に我が陣地を蹂躙せんとした。

 この時、陣頭に起つて奮戦してゐた石毛一等兵は、のしかかるやうに迫つて来た憎い敵戦車を、ぐつと睨みつけ、兼ねて容易の火炎瓶を鷲摑みにして立上がり、敵前に躍り出したかと思ふと、敵の巨体目がけて発止! と、叩きつけた。

 戦車が猛炎に包まれたと同時である。石毛一等兵の身体も、敵戦車砲弾を真向から浴びて、ぱつと飛び散る肉弾の華、国境の草原を鮮血に染めて、見るも壮烈に戦死を遂げたのであつた。

 その身は工機兵たるに拘はらず、機に臨み進んで死地に赴いた熾烈果敢なる戦闘精神は、天晴れ武人の亀鑑と云ふべきである。

   ◇   ◇

 今年も、英霊達の活躍を見守ってください。

                                             (2009/01/02)

[映画『ノモンハン』を観た方の感想] [戦争映評]

☆・・・【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第八十九回】で書いた左翼監督・渡辺文樹監督の映画『ノモンハン』を観た方が、私のネット掲示板に感想を送ってくれたので、ここに転載する。

 ちなみに、私は保守派の者であるが、コメントをくれた方は、ハンドルネームが示すように左翼の方である^^;

 でも、私の掲示板に精力的に投稿してくれるので、仲良くやっている^^;

 映画は、『天皇伝説』(こちらがメイン扱い)との同時上映で、12月2日に日比谷公会堂で観たとのこと。

   ◇   ◇

     「ノモンハン」ポスター (2).jpg

☆7306 『天皇伝説』を見て <福田恒存をやっつける会会長> 2008/12/03 16:05

 1000人収容の広い1階客席に200にほどの観客。今冬1番の寒さだというのに暖房も入っておらず、寒かった。

 しかも、16mm映写機での映写で、映写機とスクリーンの距離がかなりあったために映写機の光源の光力不足で画面が暗く、夜景などのうすくらい画面では出演者の顔も良く見えないほどだった。16mm映写機での映写は数十名程度の収容力以上の広さの会場では無理だ。

 内容は、ノモンハン出陣の連隊司令官? であった渡辺監督の父とその息子である陸大出身の将校と、昭和天皇の長女成子と結婚し、ノモンハン事件でソ連軍の捕虜になったとされる東久邇盛厚との間の因縁話。

 天皇伝説は、上記ノモンハンの話に、明治天皇が本当の天皇ではない偽者だとか、現天皇は(夢精子症であった)昭和天皇の子ではなくて、三笠宮崇仁の子であるとか、現天皇の次男の秋篠宮は皇后美智子と第三者の子であるとか、元首相橋本竜太郎が現天皇夫妻とややこしい関係があるなどという話が関連して、それに殺人事件がらみで、渡辺司令官の息子である渡辺監督が巻き込まれたという設定の奇想天外なアクションドラマ。

 上記のように画面が暗いばかりでなく、録音の調子が悪い上に、渡辺監督の趣味か、背景音楽がない代わりに、やたらとかなり大きな烈風の音、ヒューッツヒューというような音、が絶えず流れており、しかも出演者のほとんどが素人という事でせりふ回しも下手という事があいまって、私には話の筋の半分も理解できなかった。

 そういうことで天皇伝説の7割程度終わった時点で退席した。途中退席は私一人、入り口に居た渡辺監督の奥さんが退席してきた私を見て驚いていた。

 右翼の妨害は全くなかったが、日比谷公園の帝国ホテル側出口には警察の警備車が数台停まっていて、公安警察官がたむろしていた。

 今後は12月3~9日に都内の会場で上映される予定だそうです。会場に予定表が掲示されてありましたが、お知りになりたければ天皇伝説 渡辺文樹 上映予定などのキーワードで検索すれば、たぶん分かるでしょう。

   ◇   ◇

 ・・・これを読んだだけでは、謎が更に深まるばかりだ。

 どこまでが事実で、どこまでがフィクションなのか?

 渡辺監督の親父は、ノモンハンに本当に関係があるのか?

 関係なかったら、何で、ノモンハンを題材にしたのか?

 もし、渡辺監督の人生が全くノモンハンに関係なかったら、左翼人の渡辺監督は、ノモンハンに、日本を貶めるポイントがあると思ったのか?

 もちろん、そのテキストは、司馬遼太郎や半藤一利辺りだろう、ニントモカントモ^^;

                                              (2008/12/10)

[映画『私は貝になりたい』を観た] [戦争映評]

☆元の映像化はテレビドラマで、私は、20年前くらいに、TBSの開局○周年だかの特別番組で、そのフランキー堺主演版のダイジェストを見た。

 その番組では、筑紫哲也の正統な後継者っぽい関口宏(^^;)が、TBSの社是に沿った左翼的な括りで紹介していたと思う。

 私は、この、やや極端すぎる物語性にアクの強さを感じていたので、今回の映画版をあまり見る気はなかったのだが、ふと、思い立って見てみた。

 主演の中居正広は、顔が全然違うのに、序盤の表情がフランキー堺にそっくりであった^^;

 美術(四国の小さな町、東京の焼け野原など)が素晴らしく、そこにリアリティが宿っているので、物語も引きずられて、いい出来になっていた。

 今回の映画版は、ほとんど左翼臭もなかった。

 まあ、元々、物語のプロットは、戦争の悲劇しか抽出できない。

 この物語に左翼臭を探すような右翼は、『明日への遺言』(←クリック!)に対しても、同様の思いを抱くのだろう。

 世の中の物事が、全て、自分の思想に都合よく進むとは思わないで欲しいものだ。

   ◇   ◇

 私は、主人公の兵隊時代から物語が始まるのかと思いきや、その前の、家族との団欒の時間から、更には回想で、妻(仲間由紀恵)との馴れ初めが描かれるので驚いた。

 つまり、これは、夫婦、小さな家族の物語なのだな・・・。

          私は貝になりたい.jpg

 だから、冤罪で軍事裁判にかけられた夫の経過とともに、妻の助命署名嘆願の困難も描かれたりする。

 この、署名嘆願の雪中の道行きも、「いくらなんでもやりすぎだろ^^;」の一歩手前で踏み止まる演出であった。

 だが、クライマックスの大どんでん返しの悲劇の演出は容赦なかった。

 『フランダースの犬』よろしく、結末に悲劇が待っているのは分かっていたが、こんな「サドンデス」な展開だとは思っていなかった。

 また、久石譲の音楽が、これでもかと盛り上げる。

 この人、『ハウルの動く城』でも思ったけど、ワルツは絶品だね。

 この作品でも、クルクルと運命に翻弄される主人公をワルツ風のBGMでよく表現していた。

   ◇   ◇

 ただ、なあ・・・。

 この物語の主人公だが、どうしても個人主義に思えてしまう。

 いや、最終的に、全体(お国)のレベルに達観せよ、と言ってるのではない。

 死ぬ間際になっても、「私は深い深い海の貝になりたい」などと<自分のこと>だけを考えているのが、どうにもなあ。

 そんな遺言を渡された家族の不愉快さったらない。

 せめて、「私は雲になって、お前らを空からずっと見守っているよ」ってのが、現実的な個人(それでも家族込み)レベルであろう。

 この物語は「創作」なのである。

 原作者は、70年代後半まで生きていて、病死している。

 生きている人間が書いた遺書なのである。

 死にゆく人間ならば、「貝になりたい」なんて、ネガティブなことは言うまい。

 PS.前述の『明日への遺言』と言い、『南京の真実・第一部「七人の死刑囚」』(クリック!)と言い、今年は、巣鴨プリズンのセットを何度も見ることになった。

 いっそのこと、今後は、使い回しをすれば、製作費が安く上がって、東京裁判の欺瞞を打ち破るのに役に立つと思うのだが。

                        (2008/12/09)

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十七回】 [ノモンハン考]

☆こんな本をネットオークションで手に入れた。

     『戦争と教育     ノモンハン・沖縄敗残兵の戦後   
                                          (森杉多著・近代文藝社)』
   戦争と教育.jpg

 ・・・左翼本です^^;

 でも、「ノモンハン」とタイトルで触れている限りにおいて、有益な情報も書いてあると信じて購入しました。

 報告をお待ち下さい^^(←でたっ! 得意の先送りッ!!^^;)

 ・・・では、『ノモンハン :地を這う神々の境地』です。

   ◇   ◇

 第三十二柱 陸軍上等兵 <犬養 朝仁>

    「旺盛なる犠牲的精神」

 八月二十四日九時頃、前進開始と共に、敵の火力物凄く、わが砲隊には、犠牲者が相ついだ。犬養一等兵は、右に左に駆けめぐり身を挺して死傷者の収容に看護に必死の力をつくした。

「オイ犬養、身を低く……」 分隊長が声をかけるが、一等兵は、

「ハイ……」と答へるだけである。擔架兵が自分の身を可愛がつてゐては、充分な働きは出来ない。

 十時三十分、敵前千米の辺りに達した時、突然小隊の陣地転換の命が下つた。言ふ迄もなく敵前の陣地転換は、非常に困難をともなふものである。而も迅速を要する。

 小隊は直ちに行動に移つたが、死傷者が続出した後なので欠員が多く、弾薬、砲の搬送が容易でない。この状況を見て、どうして黙つてをられよう! 犬養一等兵は、先ず戦死した戦友の背負つてゐた弾薬を自分で背負ひ、続いて砲の搬送に協力した。

 かうして小隊は、敵前八百米の地点まで前進した。何一つ遮蔽物とてない平坦地である。敵はよい目標とばかり、猛烈な集中火をあびせた。

「あッ……」 一等兵は、バツタリと倒れた。一弾が彼の胸部を貫いたのである。しかし一等兵は直ちにむつくりと立ち上ると、ふらつく足をふみしめ、

「何糞、やつたなあ……」と歯をくひしばり、前進をつづけた。背中には重い弾薬箱がある。十米、二十米、三十米………併し、人力には限りがある。生命の燈火は消えた。

 一等兵は、どうと倒れた。

   ◇   ◇

                                                    (2008/11/30)

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十六回】 [ノモンハン考]

☆まだ、分からないんですけど、もうすぐ、来年のノモンハン事件70周年記念に向けて、ちょっとしたイベントを行なえると思います^^

 ・・・では、『ノモンハン :地を這う神々の境地』です。

   ◇   ◇

 第三十一柱 陸軍上等兵 <伊藤 正五郎>

    「身を以って機関銃を庇ふ」

 七月二日以来、敵機械化部隊を向ふに廻し、わが機関銃隊は激戦を重ねてゐたが、蒙古原野で機銃の射線は砂塵がはいつて、よく故障を起すのであつた。

 伊藤一等兵は、射手として、いつも砂塵の予防いろいろと心をくだき、すこしの暇があると手入れを行ひ、射撃の万全を期してゐた。

 七月二十七日のことである。たまたま敵砲弾が銃側に炸裂し、自分も身に数箇所の負傷を負ふと共に、機銃も損傷をうけた。彼は、自分の傷どころではない。一大事とばかり直ちに機銃を分解して鮮血にまみれながら修理をつづけ、完全に直すと再び射撃を始めた。

 と、又も敵砲弾がうなりを生じて一等兵の身近に落下した。一等兵は、わが子を庇ふ慈母のやうに、素早く機銃を腹の下に抱きよせたが、その瞬間、砲弾は轟然と炸裂、破片は雨のやうに一等兵を襲ひ、そのまま壮烈な戦死をとげてしまつた。

 戦友は駆けつけて抱き起さうとしたが、機銃をしつかと抱きしめてゐる崇高な最期を見ると、彼等は雷光をうたれたやうに立ちすくんだ。そして彼等は口々に彼の真面目をたたえた。

                                       (2008/11/09)

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十五回】 [ノモンハン考]

☆では、『ノモンハン :地を這う神々の境地』です。

   ◇   ◇

 第三十柱 陸軍上等兵 <池田 秀次>

    「決死突撃路を開く」

 わが軍の猛攻の前に連戦連敗、つひに国境線まで撃退された敵も、今は数段構への陣地を構築し、その間至るところに戦車をあたかも移動トーチカと云つた工合に配置して、死物狂ひの抵抗ぶりを見せてゐる。

 七月五日、わが前線に渡つて、進撃命令が発せられた。池田上等兵の属してゐた小隊は、とりわけ堅牢無比の敵陣地を前にして、少数の兵でこれを撃破しなければならず、戦況すこぶる苦境を極めた。

 この上は最後の強硬手段を取るほかはないと、悲壮な決意を固めた小隊長は、池田分隊長を呼びよせた。

「池田、御苦労だが、お前の分隊は決死隊となつて、あの突角陣地を奪取して貰ひたい。それをきつかけに全員進撃をやる」

「承りました、必ず奪取致します」

 今春陸軍教導学校を出たばかりの勇敢なる池田上等兵   彼こそは小隊長の最も嘱望する分隊長だつた。「何といふ甲斐甲斐しい任務だらう……」 日ごろ敬慕する隊長からこの重大な任務を命ぜられた彼は、欣喜雀躍、直ちに部下の分隊を率いて前進を開始した。

 それと見た敵陣地の機関銃は猛然と火を吐きだした。側方に散開してゐる敵戦車からも、戦車砲機関銃の滅多打ちだ。

「何をツ!」

 相手が手強ければ手強いだけ、池田上等兵の攻撃精神は燃えさかる。弾雨の中を、つひに敵陣寸前に迫つた彼は、

「突撃ーツ!」

 猛虎のやうに吼えながら、真先に敵陣へ躍りこんだ。部下の兵も遅れじと雪崩れ込む。忽ち起る凄惨な白兵戦   泣きわめく奴、逃げだす奴、じつとして手を合せて拝む奴、当るを幸ひきり伏せ、殴りつけ、またたくまにこの堅陣を奪ひ取つてしまつた。

 この大成功を見た小隊長は、直ちに全軍に突撃命令を下し、動揺し始めた敵陣を片つ端から攻撃して行つた。

   ◇   ◇

 ずいぶんと元気の出る池田上等兵の活躍である。

 ・・・さて、昨日かな、朝、FM<NACK5>を聞いていると、大野勢太郎が、先の自衛隊の護衛艦「あたご」と漁船「清徳丸」の衝突事故の、続報ニュースで、自衛隊側が事故検証の結論として、「清徳丸の方に原因があった」としたことについて、不満を言っていた。

「前に行なった反省の弁はなんだったんだ! こうした、後から自分の都合のいいように言うことを変えることはけしからん!」

 まあ、その内容についてはコメントしない。

 私には、その是非を決める主張を持っていない。

 ただ、そのセリフが心に引っ掛かった。

 よく、左翼は、昨今の大東亜戦争肯定論を、歴史修正主義だなどと揶揄する。

 あたかも、「前に行なった反省の弁はなんだったんだ! こうした、後から自分の都合のいいように言うことを変えることはけしからん!」などと。

 そして、このノモンハン事件についてもだ。

 だが、よく考えて欲しい。

 大東亜戦争終結直後、日本国民においては、現在の左翼の言うような、軍国主義の反省、戦争自体への反省の気持ちなどはなかったのである。

 この、ノモンハン事件直後の書籍『ノモンハン美談録』を読んで貰っても分かるように、ノモンハン事件への失敗の感情などはなかったのである。

 「前に行なった反省の弁はなんだったんだ! こうした、後から自分の都合のいいように言うことを変えることはけしからん!」

 という言葉を照らし合わせるに、「前に行った弁」「後から自分に都合よく変更」を、60年以上かけて為してきたのは、戦後民主主義と言う汚物の中でぬくぬくと生きてきた左翼陣営以外にはいないのである・・・。

                                                (2008/10/27)

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十四回】 [ノモンハン考]

☆では、『ノモンハン :地を這う神々の境地』です。

   ◇   ◇

 第二十七柱 陸軍上等兵 <伊藤 金蔵>

 第二十八柱 陸軍上等兵 <長尾 金三郎>

 第二十九柱 陸軍一等兵 <坂下 重夫>


    「空襲下の戦友愛」

 敵地上部隊第一線と指呼の間に進出し、僅か十名に足りぬ人数で敵の航空情報を味方に速報する監視哨の任務は、他の如何なる任務にも劣らず不撓不屈の精神を必要とする。それだけに、同一監視哨に服務する戦友達は、互ひに肉親愛以上の友愛で結びつけられ、一本の煙草も一滴の水も必ず全員で分け合ふやうな間柄だつた。

 七月七日敵第一線との距離僅かに二粁のノロ●(分からない字、でも、なくても文脈に支障なし)七〇三高地に開設された家本軍曹以下の第十五監視哨は、同月二十八、九日頃敵機の偵察に発見され、三十日払暁から敵戦闘機隊の猛襲を蒙つた。

 だが、監視哨航空兵七名援護歩兵十五名はこれに対して果敢な反撃をくりかへし、その都度これを撃退した。やがて、大陸の巨大な太陽が、硝煙たてこめるホロンバイル平原の地平に没しようとする十九時三分、敵はNTI十六戦闘機を始め五十数機の大編隊を以つて、一挙監視哨を粉砕せんと襲来した。

 対空射撃は息つくひまもなくつづけられたが、数をたのむ敵機は五六百米の低空に舞ひ下り、三方から監視哨の天幕を襲つて来る。天幕は機銃弾の驟雨に射抜かれ、その中で必死に電信を打ちつづける主通信兵伊藤上等兵は危険に瀕した。

「伊藤上等兵、中へ入れ!」 叫びざま天幕の中へをどり込んだのは、今まで天幕の外で敵機を監視してゐた長尾上等兵だ。

 が、伊藤上等兵はわき目もふらず基地への連絡をとつてゐる。

「早く、早く! あとは俺がかはる!」

 戦友の身を危ぶんで、長尾上等兵は伊藤上等兵にかはらうと云うのだ。

「貴官こそ早く出ろツ、此処は危険だ!」

 思ひは同じ伊藤上等兵、いつかな電鍵を放さうとしない。長尾上等兵はやむなく傍にあつた坂下一等兵と協力すると、発電機の転把をとつて回転させ、発電に奮闘した。

 轟々と空を●(「厭」の下に「土」)する爆音、雨と降る機銃弾の下に、状況は基地へ完全に報告され、やがて三人は無線機材を防空壕へ運び入れ、人員機材とも奇跡的に異常なく、無事に重大任務は果された。

   ◇   ◇

舞台となるノロ高地は、大激戦地である。

戦中最大のベストセラー、草葉大尉の著した『ノロ高地』に詳しい(近日、その内容を報告します)。

私は、今回、この話を読み始めたとき、主人公の3人が戦死してしまうのかと思って読み進めた。

しかし、結果は、少なくとも、この戦闘においては、3人は生き抜いた。

・・・だが、草葉栄大尉の弟・草葉宏中尉はノモンハンの地で戦死している。

その話もまた、この『ノモンハン美談録』に収録されており、後日、語りたいと思う。

                                        (2008/10/19)

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十三回】 [ノモンハン考]

☆前々回、「7月7日の戦車戦」を、渡河作戦でのハルハ側西岸の話だと書きましたが、今、ちょっと出先で資料が近くにないのですが、7月7日においては、渡河作戦は撤収していたような気がしています。

後日、確認することにします。

しかし、私は、出先にも、こうして本を持参して、更新するなんて偉いですよね^^

では、『ノモンハン :地を這う神々の境地』です。

なお、「地を這う神々の境地」は、『ノモンハン美談録(満州国書株式会社)』の転載ですが、最近、日本教育再生機構の会報が届き、それには、渡部昇一氏の「美談を伝えよう」と言う文章が載っていました。

ノモンハンの美談は任せてください!

   ◇   ◇

 第二十六柱 陸軍伍長 <池目 忠男>

    「銃側に輝く大和魂」

「小隊長殿、前方六百米に敵戦車が現れましたツ」

 監視兵の力強い声が、銃砲声の中に凛として響きわたつた。すはこそ、好敵ござんなれと、全員は一斉に配備についた。機関銃射手の池目上等兵も、指先を引金にかけ、らんらんたる眼で敵戦車を睨んだ。

「まだまだ早い。射つなツ」 隊長の落付き払った声が流れてくる。

 見る見るうちに敵戦車は、二両、三両、四両   遂に十数量を数え、凹地伝ひに猛然と押寄せて来た。砲塔からは物凄い戦車砲弾、重機弾が火を吐いて飛んでくる。わが重機は一斉に銃口を敵に向け、じつと固唾を呑んで隊長の号令を待つてゐる。

 いよいよあと四百米。

「よし、射てツ!」 号令一下、待ちかまへた各重機は、ここぞとばかりに火蓋を切つた。

 見よ! 我が弾着の正確さを! 小気味のよい音を立てて、一弾の無駄もなく敵戦車に命中するのだ。敵はこの猛撃に恐れをなしたか、慌てて矛を転じて、凹地の中へ逃げこんでしまつた。

 が、敵もさるもの、ひそかに我が陣地の側方を迂回して、後方から襲撃せんとした。早くも、敵の意図を見抜いた隊長は、

「中隊直轄重機は、○○方向陣地転換」と、大声に名を下した。

 敵前の陣地転換は、一刻を争ふのだ。池目上等兵は、射手を助けつつ、砂のざらざらと崩れる丘の上へ、必死となつて重機を引き上げた。したたる汗が砂と一しよに目に沁みこむが、こすつてゐる間もない。前面には早や敵戦車の姿が大きく現れた。

「直轄重機は左後方の戦車、射てツ!」

 隊長の号令もろとも、池目上等兵は、銃身も焼けよとばかりに、射ちまくる   。敵戦車は忽ち我が猛火に射すくめられて、一箇所に停止してしまつた。「今こそ!」とばかりに上等兵は、すばやく保弾板二連を装填、まさに、連続射撃に移らんとした一刹那、がくりと重機の上に突伏してしまつた。

「池目、どうしたツ!」 分隊長が駆け寄つて抱き起さうとすると、上等兵の脇下から、鮮血が噴き出てゐる。敵の散弾に、胸部を貫かれたのだ。

 しかし見よ、上等兵は尚も銃をしつかと握りしめたまま、戦車を睨んでゐるではないか。しかも銃口からは、引続き火を吐き、敵戦車の司令塔に凄じい音をたてて命中してゐるのだ。瀕死の重傷を受けながら、あらん限りの力をもつて、今こそ最期の猛射を浴せかけてゐるのだ。この尊き姿、この旺盛なる攻撃精神。   鬼といはれた分隊長の胸に、ぐつと熱いものがこみ上げて来た。

「池目! おい池目。ありがたう」 分隊長は上等兵の肩に手をかけ、涙にふるへる声で叫んだ。

 その時、二連の保弾板を残りなく射ち終つた上等兵は、満足さうにほほ笑みつつ、

「天皇陛下万歳」と、途切れ途切れ叫びながら重機の上にがつくりと低頭れて息が絶えた。

 が、上等兵の最期の猛射は、遂に敵戦車を完全に制壓し、一歩も近寄せなかつたのである。

   ◇   ◇

・・・「二連の保弾板」とは何だろう。

機関銃の弾薬のベルト状のものだろうか?

                                           (2008/10/12)

【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第九十二回】 [ノモンハン考]

☆やはり、私は、ノモンハンで戦った英霊に、後押しされているのかも知れない・・・。

 本日、出勤し、上司と車で街中を巡っていると、とある街中で、古い雑誌が束で捨てられているのを見た。

 走る車窓から、それが、歴史の雑誌だと分かった。

 欲しかった・・・。

 しかし、私は転職したばかりで、同行の上司に、それを拾いたい、などとは言えなかった。

 20メートルほど進み、赤信号で車は停まった。

 何かに突き動かされて、言った。

「僕は歴史が好きなのですが、今、歴史の本が束になって捨てられていたので、拾って来ていいですか?」

「おお^^」

 私は、府中の町を走った。

 そして、三つの雑誌の束を拾った。

 ほとんど、「中央公論」増刊の『歴史と人物』、『歴史と旅』(秋田書店)、『歴史読本』(新人物往来社)であった。

 エッチラオッチラと、三つの雑誌の束を車に運び込んだ。

 その一つの束の、一番上の表紙を見て驚いた・・・。

   歴史と人物.jpg

     特集<ノモンハン事件の再検討>

                 だそうだ・・・。

   ◇   ◇

 その発行日は、昭和五十九年十二月二十五日だった。

 ノモンハン事件の、ソ連側の重要な要素が判明する、ゴルバチョフによる<グラスノスチ>以後、ではある。

 しかし、その情報の恩恵は、まだ、日本にまで訪れていなかっただろう。

 ・・・その目次。

   ノモンハン目次.jpg

 これから読んでいくが、雑誌で、これだけノモンハンを記した作品はないだろう・・・。

 ノモンハン従軍者の対談もある。

 そして、その司会は、半藤一利である^^;

 しかし、この頃は、半藤や司馬遼太郎による、「ノモンハン愚戦」論が固まる以前の、もっと幅のあるノモンハン考が語られる時代であったと思う。

 半藤自身の考えも、そうは固まっていなかったと思う。

 とにかく、その内容の報告を待っていて欲しい^^

 A・D・クックスや伊藤桂一も稿を寄せている。

 これから、寝る前に読むのが楽しみだ!

                                                    (2008/10/09)

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。